2012年05月26日
私の家族/寡黙な背中
父は昔から寡黙な人物だった。一緒に笑った記憶もないし、逆に怒られた記憶もない。覚えているのは、私に背を向けて座っている父の姿だけだった。
物心ついた時から、父とあまり会話をしていなかった。喋ることと言えば、「おかえり」「ただいま」という挨拶くらいで、父の仕事が休みの日曜日は、私はいつも自分の部屋でこもってばかりだった。
幼い頃の苦い記憶は、今でも苦い。父兄参観で、クラスメイトの明るいお父さんたちから浮きまくっていた父が、私にとって何よりのコンプレックスだった。そんな父を、私はいつしか遠ざけるようになった。別に喋ったところで話題などないわけで、父と会話しないことを気にしてなどいなかった。父も同じ気持ちでいるのだろうと思い込んでいた。正確には、思い込んでいるだけだった。
高二の冬、修学旅行で東京を訪れた。めったに味わえない都会は本当に楽しく、家のことなど忘れて、友達とはしゃいでいた。大分に帰る前日の夜、ホテルで何気なく開いた携帯に、母からメールが一通届いていた。「明日、気をつけて帰ってきなさいよ。お父さん、心配してるから」。私は目を疑った。父が私のことを心配するなど、想像も出来なかったからだ。
帰宅した夜、母はまだ家に帰っていなかった。私を出迎えたのは、いつものように、私に背中を向けて座った父だった。いつものように「ただいま」とだけ言って、階段を上がろうとした。その時だった。「東京、楽しかったか?」。久しぶりに聞いた、父の疑問文だった。私はとっさに「うん」と答えた。父も「そうか。良かったな」とだけ言った。
気のせいか、いつもの寡黙な背中が、小さくなったように思えた。
物心ついた時から、父とあまり会話をしていなかった。喋ることと言えば、「おかえり」「ただいま」という挨拶くらいで、父の仕事が休みの日曜日は、私はいつも自分の部屋でこもってばかりだった。
幼い頃の苦い記憶は、今でも苦い。父兄参観で、クラスメイトの明るいお父さんたちから浮きまくっていた父が、私にとって何よりのコンプレックスだった。そんな父を、私はいつしか遠ざけるようになった。別に喋ったところで話題などないわけで、父と会話しないことを気にしてなどいなかった。父も同じ気持ちでいるのだろうと思い込んでいた。正確には、思い込んでいるだけだった。
高二の冬、修学旅行で東京を訪れた。めったに味わえない都会は本当に楽しく、家のことなど忘れて、友達とはしゃいでいた。大分に帰る前日の夜、ホテルで何気なく開いた携帯に、母からメールが一通届いていた。「明日、気をつけて帰ってきなさいよ。お父さん、心配してるから」。私は目を疑った。父が私のことを心配するなど、想像も出来なかったからだ。
帰宅した夜、母はまだ家に帰っていなかった。私を出迎えたのは、いつものように、私に背中を向けて座った父だった。いつものように「ただいま」とだけ言って、階段を上がろうとした。その時だった。「東京、楽しかったか?」。久しぶりに聞いた、父の疑問文だった。私はとっさに「うん」と答えた。父も「そうか。良かったな」とだけ言った。
気のせいか、いつもの寡黙な背中が、小さくなったように思えた。
Posted by 芸短ネット演習 at 03:43│Comments(0)
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