私の家族/ドぉーナぁッツー
「あ、恵里の好きなドぉーナぁッツー」。音符が飛びそうな声で兄が言う。兄はドーナツ屋さんの横を通るたびに、上機嫌に音符を飛ばす。私は笑顔で「本当だ。私の大好きなドーナッツや~」と答える。
こんなやり取りをするようになったのは、高2の夏休みからだ。 大阪・京都へ一人旅をした。ビジネスホテルにでも泊まる予定だったのだが、両親の助言のもと、大阪に住む十四歳年の離れた兄の所へ滞在することになった。滞在期間の二週間、兄は仕事で忙しく、私はほとんど一人で色んな所へでかけた。二回だけ京都にも行った。一回目は一人で、二回目は兄とだ。
その一回目。一人で京都へ出掛けた日の帰り、行列ができているドーナツ屋さんを見つけた。気になった私はその列に並び、ドーナツを兄と私の二人分を購入して帰った。
その日から、兄の中で「私の好きな食べ物=ドーナツ」となったのだ。私は何度も兄に、私の好きな食べ物はチョコレートだと主張したのに。
ある日、兄が両親に「恵里が初めてお兄ちゃんに買ってきてくれたのは、ドーナツなんよ。あの時は嬉しくて、涙が出そうやったわ~」と、あまりに嬉しそうに話すので、私は驚いた。なんとなくドーナツを買っただけなのに、そんなに喜ぶものなのか。でも、嬉しそうに話す兄を見て、私の中で妙にドーナツが愛らしくなった。
世の中には色んな食べ物がある。その中に私の好きな食べ物がたくさんあるが、ドーナツは特別な食べ物だ。兄のにこやかな横顔を見て、私はそんなことを思った。